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荻野 構一 新津商工会議所 監事 

「美」に想う

 好きな酒器で燗をつけて晩酌をする。なんと有り難いことかと疲れを忘れる。
 最近、「土もの」「焼もの」と言われる陶磁器の良さが私の大脳を刺激してきた。何が私の琴線に触れたのかは定かではないが、その風情に心が癒される。こんな感性が自分の中にもあったのかと驚くが、審美眼があるかと言われるとこれは実に怪しくなる。
 お気に入りの陶芸家に「北大路魯山人」がいる。偉大な芸術家の一人であるが変わった人だったらしい。
 彼の生家は代々京都の上加茂神社の社家をしていた由緒正しき家柄だった。ところが、彼が生まれる4ヶ月前の父の死を境に一変し、魯山人こと房次郎は里子に出され苦労が始まるのだが、彼が3歳の頃、養母に手を引かれ上加茂神社の東側に拡がる神宮寺山を散歩しているときに見た躑躅の花の真っ赤に咲き競う光景が忘れられないといっている。この色彩の渦を見て「美の究極」を感じ、「自分は美とともに生きようと決心した」という。(山田 和著「知られざる魯山人」より)。
 そして10歳で丁稚奉公に出され、13歳で画学校進学をあきらめ養父の木版仕事を手伝うようになる。それから凄まじい勢いで書道、篆刻、扁額、濡額、款印、料理、作陶で自分の世界を切り開いていく。
 東京赤坂山王台の旧華族会館「星岡茶寮」を借り受け同名で開寮し、料理長として調理場を仕切り、北鎌倉山崎に築窯した「星岡窯」で料理を盛り付ける器を自ら製作し独自の雅美観を世に問うた。
 特別に英才教育を受けたわけではなく、己の努力で審美眼を高め、自ら創造し、他の追随をも許さない域にまで到達した人生は正に驚嘆する。
 では、人の才能とはどの様に創られるものなのであろうか。
 遺伝子に記憶されている先天的なものか、あるいは努力の積み重ねでの後天的なものか、はたまたその両方が偶然備わった結果なのか。
 いずれにしても、私のような凡人には終生成し得ないことだからこそ崇高な芸術の世界が存在するのであろう。
 せめて美しいものを美しいと感じられるように心を磨き、美しいと思える生き方ができることにこそ幸せがあると信じたい。